目次
僕は就職を選んだよ
もう3か月以上も前の話ですが、大学院を卒業して修士号(理学)を手に入れました。英語にすると、Master of Science です。カッコイイ。ほとんど千空ですね。僕もストーンワールドでイチから文明を起こすぞ。
さて、僕は大学院を卒業した後、博士にはいかず就職することにしました。理由は3つくらいあって、1つは会社の中のほうが理不尽な目に遭えそうだからです。…何を言っているんですかね?理不尽はふつうは避けたいものですよね。ただ奇をてらったことを言いたいわけではないです。自分の中でロジックがあります。
アカデミアは自由分子の世界
まず、そもそもアカデミアって、理不尽なことが少ないと思っています。いや、待遇が悪いとか、ポストが少ないとか、そういう理不尽があるのはもちろん知っています。でも、個人の能力を発揮しやすい場所という意味では、理不尽が少ない場所といえるのではないかと思っています。
なぜ理不尽が少ないかというと、上下関係の規模が、企業に比べて小さいからだと思います。もちろん、教授と准教授、助教、ポスドク、学生などの上下関係はあります。しかし、大きな企業とは異なり、幾層にもわたる統一的な指揮命令系統があるわけではありません。
これは換言すると、組織の大きさの話です。アカデミアでは基本的には研究室という高々数十人くらいの集まりで活動しています。素粒子物理のようなビッグサイエンスはここでは例外としておきましょう。ややこしいので。
もう少しマクロには、例えば有機化学とか、物性物理とかの分野レベルで緩やかな紐帯があるのかもしれませんが、そこに指揮命令系統はないです。分野全体を俯瞰して上から統率する上司がいるわけではありません。研究者は、いろいろな大学や研究機関に散らばっており、それぞれがある程度独立して活動しています。ある種、研究者たちは「自由分子」としてとらえることができます。
企業は力の場の世界
一方で企業は、大きなものであればグループ全体で数十万人規模の組織をなします。もちろん、実務上は部や課、班など小さなセクションに分けられて活動しているでしょう。しかし、アカデミアと異なるのは、この数十万人規模の巨大な組織の中には明確な指揮命令系統があることです。巨大な上下関係があります。
したがって、一人の社員の行動は、直属の上司だけでなく、
- 上層部の方針
- 他部署の利害
- 予算や人事制度
- 組織内の権力関係
- 上司や関係者それぞれの思惑
など、さまざまな力に左右されます。
巨大な上下関係の中で、それぞれが自分の思惑をもって命令をしますから、そこに放り込まれた末端ノードは自由分子としてはふるまえず、いろいろな力を受けて右往左往することになるはずです。これが会社員の受ける「理不尽」の正体だとにらんでいます。
たとえば、昨日まで進めていた仕事が、現場からほど遠い上層部の判断で突然 CLOSE になったり、複数の上司から異なる指示が来たり、派閥争いがあったり…。
これはつまり、組織の力学と呼ばれるものであり、社内政治と呼ばれるものでもあります。僕はこの渦中に巻き込まれたいのです。
なぜ理不尽な目に遭いたいのか
なぜ渦に巻き込まれたいのか?
この渦を渡り歩く力を養いたいからです。こうした組織のうねりの中を渡り歩く力は、高度な経済社会をなす現文明のなかで汎用的に通用する力だと思うからです。
世界ではつねに無数の組織どうしの「領域展開」がなされ、領域の押し合いをしています。それはもう、行政、教育、医療、政治、国際組織、非営利団体など、無数にあります。それぞれが得意とする「術式」も異なります。
そんな領域の押し合いをしている中で、自分のやりたいことを通すには、個人の専門的技能だけでは足りません。専門的技能は、ある「領域」の中でのみ意味を成す術式であって、領域の押し合いでは役に立ちません。
領域の押し合いで必要になるのは、
- 他者の立場や利害を理解する
- 権限を持つ人を見極める
- 異なる部署や人の間を調整する
- 表向きの命令と本当の意図を区別する
- 自分の裁量を確保する
- 組織の制約の中で目的を実現する
といった能力です。これを手に入れるのに、会社員をやるというのは良い選択だと考えています。
ほかの理由
というのが、就職した1つ目の理由です。残り2つはしょうもないんですけど、楽しく生活するのにお金が欲しいなというのと、生活リズムが整って生産性が上がりそうという理由です。
この2点に関しては、働き出して3か月目の現時点でかなり恩恵を受けていて、正直、社会人最高だなという感想しかありません。
こちらからは以上です。